50歳で早期退職し、セミリタイア!

私セイルは50歳で早期退職、セミリタイアしました!その思いを綴ります。

リタイア生活には、充実・停滞の波がある

 以前、セミリタイア生活について述べた2つの記事。

 前者は、「FIRE後にやりたいことがキチンとできるよう、FIRE前からそのような土壌を作っておけ」とFIRE後の積極姿勢を謳っているのに対し、後者は「FIREしたら、のほほんと生活してもよい」と、矛盾するような話をしています。

 もし、これらを0ー100の話だと決めつけると、確かに矛盾なのですが、「ある時はやりたいことをやり、またある時は怠惰に過ごしている」と捉えれば、とりたてて矛盾というわけではありません。リタイア生活には充実・停滞の波があり、それらを別の断面で切り取ったというだけのことです。

 

 

 会社員だと、9時出社・6時退社、仕事内容は~、などと、「最低限これをやっていれば許されます」というラインがあり、しかも、ほぼ強制的にそれをやらされる訳ですが、リタイアしてしまったら、そのような強制力が相当に緩くなります

 すると、前に述べたように、「やりたいこと」をガーっとやったりすることもあれば、気乗りがせず怠惰に過ごしてしまったり、といった、充実・停滞の波が出てくるわけです。更には、リタイアから時が経つにつれ、停滞の方が多くなっていっても全然不思議ではありません。

 このような停滞期において、必要だと感じたのなら様々な面で見直しをかけ、気持ち新たに再出発する、ということは当然あってよいことです。それが自由にできるのは、何よりもFIREやセミリタイア者の特権でしょう。

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 ただ一方で、上記で述べた波というものの存在も認め、許容していく必要もあります。この許容の幅が狭いと、停滞期に入ったとき、とかく、リタイア生活・FIRE生活というシステムそのものに原因を押し付けがちなのではないでしょうか。

 「今、自分が楽しくない・充実していない生活になったのはFIREしてしまったからだ」と。

 確かに、何者にも縛られない生活というのは、自らの内なる怠惰を呼び起こしてしまうというのは否定しませんし、もしそのことを諸悪の根源だと見なし、これ以上の停滞に我慢できないのなら、FIREを卒業するしかありません

 今、十分な資産があるのにFIREを卒業して、「FIREなんてするもんじゃない」的なことを発信されている方というのは、このような経過を辿っているのではないかと推察します。

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 ちなみに、何年間もリタイア生活を過ごしている私について言うと、上記の許容度の幅は広いと思っています。

 「怠惰よりは色々と充実していた方がいいよね」というのはあるものの、怠惰だからといって別に抜け殻のようになっているわけではなく、何かしら活動はしているわけで、それでいいじゃないか、と。

 「そんなに怠惰が嫌なら、また働きますか?」「いやいやいや、真っ平です」と思っちゃうけどなぁ。FIRE卒業してしまう方って、ある意味、このようなユルさというか、いい加減さというものに感性が馴染まないんでしょうね。

 まぁ、停滞期がやってきても、あくまで波ですから、そのうちまた充実期が戻ってきますよ。私について言えば、2年くらい停止していた当ブログを再開してしまいました

 活動A→停滞期→活動B→停滞期→活動C→………みたいなサイクルを繰り返していますよ。それで十分楽しいし、トータルでみれば充実している方だと自己評価しています。

 

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