潮時と引き際、そしてセミリタイア
ネット編集者の中川淳一郎さんが、近々セミリタイアする、という記事を見つけました。
この記事では、「引き際」「潮時」という言葉が出てきます。そう、大抵の仕事には引き際や潮時があり、それがやってきたからセミリタイアするのだと。
私も近い考えを持っていたので、「引き際」「潮時」という言葉をネタに、何か書いてみます。
目次
《山梨県上野原市》
私が「潮時」を感じるようになった経緯
私がリタイアを決意したのは、退職時の5年以上前でした。
その頃思っていたのは、「仕事がツライから早く辞めたい!自分の好きなことをして過ごしたい!」などといった、自分の感情に忠実なことばかりでした。
実際に、「引き際」とか「潮時」ということを感じ始めたのは、実際の退職タイミングの1年前くらい、実際にリタイアが見えてきてからのことです。恐らく、長年の会社人人生にケリをつけるということについて、客観的に見るようになったのでしょう。
では、どういう点で、潮時とか引き際だと思ったのか?冒頭の記事に似た話になりますが、自分のことを自分の言葉で書いてみましょう。
上司を含む同僚のほとんどが年下になった
私の場合、退職までヒラでしたので、私に指示する立場の方も年下や後輩になりました。こちらにもプライドはありますから、年下や後輩の言うことを聞くのは決まりが悪いし、相手もやりづらかったでしょうね。
極端な表現ですが、「年齢ばかり重ねたヒラ社員が、若くてデキル社員の邪魔をしてはいけない」、こんな風に考えるようになったのです。
自分がやってきた仕事について、これ以上望むことがなくなった
私が会社でしてきた仕事は、システム関連です。
システムを改修したり、新しく導入したり、というイベントに合わせて、システム運用のやり方にも変更が生じますが、適切に変更していくためには、大変な労力を要するものです。
そこで私はツールを作るなり、マニュアルを整備するなりして、このあたりの改善に努めてきて、100%完全ではないものの、ほぼ納得いくものが出来上がったと思います。
そして今後、この会社にいても(あるいは転職しても)、これ以上の成果を挙げる能力も無いし、気力も無い。
仕事について、これ以上望むことは何も無くなった、ということです。
スポーツ選手が引退するとき、「負けても悔しくなくなったから」とおっしゃることがありますが、それに近いのかもしれません。
引き際に引けたというのは幸せだった
リタイア予定日が近づくにつれ、自分が会社で置かれている状況を鑑みるようになり、会社から・仕事から身を引く、というのは必然なのかもしれないな、と思うようになりました。それが「引き際」であり「潮時」であるわけです。
そして幸せだったのは、自分が「引き際」だと感じたときに引くことが出来た、ということです。それを可能にしたのは、やはり経済的な面でどうにか目途が立っていたからです。
かつての幕内力士が上位で勝てなくなって、幕下に陥落して、なお頑張っている人がたまにいますが、あれは年寄要件を満たせていなくて、やめるにやめられない、というケースがあると聞きます。頑張っている姿が尊いとはいえ、そこまでして、と思ってしまいます。
本当はやめたいのに貯蓄が無くて辞められず、65歳を過ぎてもかつての部下に命令されながら会社にぶら下がる、というのは、幕下に陥落した元幕内力士に重なって見えてしまいます。
引き際に引けるように準備を
政府は70歳まで働かせたいのに、民間では45歳で早期退職を募っている、というおかしな現象があります。
今はコロナで色々大変ですが、収束後は、長い目でみて、雇用は何とか維持しようとする企業が大半だと、個人的には睨んでいます。
でもそれは、高齢者が歓迎されていることとイコールではありません。高齢者雇用はあくまで福利厚生の一環であって、45歳か50歳になれば、一部を除いてお荷物扱いされる。そんな未来がやって来ないとも限らない。
かつては55歳が定年であったように、会社という組織においては、50歳プラマイ5歳くらいが、「引き際」あるいは「潮時」に相当するのかも知れません。
そうなったときに備え、投資でも、副業でも、貯蓄でも、何でもいいですが、早めに準備しておくに如(し)くは無いと思うのです。
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